四国観光へ行こう
「どこへ行こうか、考えてたの。」
と、言った。
「そう。」
と私が言った。
「それで?」
と私が言った。
「どこへ行こうかな。」
と言った。
「南へ行けばいいんじゃない。」
と私が言った。
「どうして?」
と聞いた。
「南はあったかいじゃない。」
私は答えた。
「そうか。」
そういうわけで、私たちは四国へ行くことにした。
「ここが四国か。」
久しぶりにしゃべったと思ったら、久しく喋っていなかった。
「ここは姫路だよ。」
まだ四国じゃなかった。
「なんだ。兵庫県じゃない。」
「なんだとはなんだ。」
「だって四国じゃないじゃない。」
彼女の名前はキキだ。
魔女じゃないらしいけど。私は魔女だと思う。
「早く四国に行きたいなあ。」
キキが言った。
「なんで?」
私が聞いた。
「だってあったかいんでしょう?」
キキが答えた。同時に質問した。
「四国じゃそんなにあったかくないと思うけど。」
私は残念そうに言った。
「えっ!そうなの?」
キキは驚いたようだった。
「そうだよ。」
私はちょっとうんざりしてそうに言った。
「じゃあ何で言ってくれなかったの?」
キキは不満そうに言った。
「だって忘れてたんだもん。」
私は本当だよという風に答えた。
「ええー。忘れんぼ!」
なんだか懐かしい言葉を聞いた気がした。
「しょうがないじゃない。忘れっぽいのは産まれたてよ。」
自慢じゃないが、私は産まれたときのことを覚えていない。
「しょうがないなあ。じゃ魔法であったかくするか。」
キキはすぐ魔法に頼るのが良くない癖だ。
「そうやってすぐ魔法を使うから、魔女だなんて言われるだよ。」
私はたしなめた。
「今日は良いじゃない。特別だし。」
確かに特別だけど、特別なら使っていいという理論は理解できない。
そもそも、毎日は特別な一日だ。
「レルパラレルパラ魔法よ魔法よ、四国をあったかくしろ―!」
私は窓の外を見ていたのだが、急に辺りが明るくなったように感じた。
草原が騒いでいる。
農作業をしていたおじさんが帽子を脱いで、やっぱりまたかぶりなおした。
「あったかくなった?」
キキが聞いてくる。
「新幹線の中にいるんだから分かんないよ。」
私は答えた。
「そうか。そうだった。忘れてた。」
キキも新幹線に乗っているのにそれを忘れるなんて、忘れんぼだと思う。
「ちょっと窓開けてみようか。」
キキがとんでもないことを言い出す。
「ダメだよ!怒られるよ!」
そもそも、新幹線の窓って開かないんじゃなかっただろうか。
「大丈夫。社会の窓だから。」
それはそれで困る。
と思っていたら、本当に開けてしまった。
「ちょっ、だめだって!みんな見てるよ!」
私がそういうと、キキは閉めた。
なんだか私の方が恥ずかしい。
「もう!やめてよね!恥ずかしいから。」
「恥ずかしい?」
キキは恥ずかしいという気持ちが理解できないらしい。
といっても、私もほんとに理解しているかといわれると、怪しい。
誰かに教えてもらったわけでもないのに分かった気になっているのは、不思議だ。
「なんとも思わなかったの?」
私は聞いた。
「あっ、あったかいなぁ、って、思ったよ。」
そういえばその為に開けたんだった。
「そうかー。あったかくなってたのかー。」
それはよかった。新幹線を出る時が楽しみだ。
そう思って窓の方を見たとき、視界を何か黒いものが横切って行った。
ラグビーボールほどの楕円形の影だ。おそらく窓の外だった。
「ねえねえ、今なんか通らなかった?」
私は聞いた。
「えっ?何かって何?」
「いや、何かは分からないんだけど、これぐらいの、黒いもの。」
「ふーん。見てないなあ。」
「ラグビーボールみたいなの。」
「ふーん。」
キキも窓の方を見た。私も窓の方を見た。
ここは桜坂高校の中だった。
クラブ活動をしている男子生徒がたくさんいる。
その向こうには、赤い夕陽が見える。
「分かった!」
キキは急に立ち上がり、右手を上逃げ、人差し指を立てて、叫んだ。
「ちょっと、恥ずかしいって!」
私はキキの肩に両手を置き、無理矢理座らせた。
「で、何が分かったの?」
わたしは聞いた。
「ララが見たのは、ラグビーボールだったんだよ!!」
ララというのは、私の名前だ。別に妖精じゃない。
「なんで?」
私は聞いた。
「ほら、あれ見て。ラグビー部が練習してるでしょ。
あそこから、ラグビーボールが飛んできたんだよ!」
「でも、私が見たのは黒いものだったよ。あれは黒くないよ。」
「ほら、向こうに太陽があるから、逆光になるじゃん!だから影で黒く見えたんだよ」
「なるほど~。」
納得だ。まさか、ラグビーボールだったなんて。
キキの推理力はお粗末ではない。
「さあ、着いたみたいだね。外へ出よう。」
キキはチェックの帽子を目深にかぶり、パイプをふかしながら立ちあがった。
「またそんな雰囲気作りしてー。魔法をそういう風に使っちゃダメだって。」
私は注意した。
「何をしてるんだい、ワトスン君。置いていくよ。」
「ちょっと、待ってよ!」
こうして私たちの四国観光は始まった。
見渡す限り、田んぼ、田んぼ、畑、周りは山。
それらがみな夕日に照らされ、優しい風に吹かれている。
視界が暖かい。
どこを見ても、煌々とした光が帰ってくる。
しかし、こんな光に満ちた風景も、もうすぐ消える。
そして、冷たい、青い、夜がやってくるのだ。
私はそれが嬉しかった。
消えゆく夕暮れが、恋しかった。
「ねえ」
キキが言った。
「なあに?」
私が答えた。
「ずっと、ここにいてもいいな。」
キキが言った。
「そうね。」
私は答えた。
鳥が三角形に群れをなして、飛んで行くのが見えた。
もう人も周りにはいない。
みんな、家に帰って、夕ご飯を食べたり、楽しく話をしたりしているに違いない。
そんな何でもない家庭を想像するだけで、私はますますこの時間が愛しくなった。
きっと、この時間は永遠に続いているのだ。
去って行くのは、夕暮れじゃなく、私たちの方なのだ。
だって、私たちはずっと、旅を続けているのだから。
「さ、そろそろ行こうか。」
私は言った。
「うん、そうだね。」
キキは山の方を見つめながら、しかしはっきりと、答えた。
「ずっとここにいるわけには、いかないもんね。」
キキは私の方を振り返り、少し寂しそうに笑った。
「さあ、帰るか。」
私は言った。
「もう帰るの?」
キキは不満そうに言った。
「もう他に行くとこないでしょ。」
私は答えた。
「あるよ。」
キキは言った。
「どこよ。」
「島根だよ。」
「どこだよ。」
島根なんて地名、聞いたことはある。
「中国地方にあるの。」
「四国じゃ無いじゃん!」
「言うと思った。」
キキはうんざりした風に言った。
「そりゃ言うよ。」
私も勝とうとうんざり風に言った。
「じゃじゃんけんしようよ。」
「じゃじゃんけん?」
「じゃんけんだよ。知らないの?」
「パーがグーに勝つって言う、あの?」
「そうだよ。」
「まさか……」
「そんな伝説の遊戯みたいに言わないでよ。普通の遊びでしょ?」
「チョキはチョキとあいこらしいな……」
「そうだよ!」
「でも、これは知ってるか……?」
「なに?」
「チョキはな…グーにな……負けるんだぞ……!」
「もういいから早くやろうよ出さなきゃ負けよじゃんけんぽん!」
わたしはパーを出した。
キキはグーだった。
「わ―い勝った―。」
「負けた……」
「じゃあ帰ろうか。」
「うん。」
こうして私たちは家に帰った。
帰りはキキのほうきに乗って帰った。
一回私が落ちそうになったけど、キキが助けてくれた。
キキは落ちた。
キキは落ちなかった。やっぱり。
キキは運転が上手だった。
普通免許を持っているらしい。
もちろん箒のだ。
特殊免許を取るとデッキブラシに乗れるらしい。
「ただいまー。」
「ただいまー。」
私は帰ってくるなり、ソファに寝転んだ弟をたしなめた。
「こら!うがい手洗いをしなさい!」
「いいよ魔法でやるから―。」
魔法でどうやって手を洗うのだろうと思ったら、ソファの縫い目から水が出てきた。
キキはそれで手を洗い、うがいをし、そこらへんに吐き出した。
「こら!」
「だいじょうぶだよ。すぐ乾くから。」
「あ、そうなの。」
そのとき、私は魔法で出した特別な水だからすぐ消えるのかと思ったのだ。
ところが、一時間たっても二時間たっても消えない。
水の跡が完全に消えたのは、次の日の朝だった。
「ただの水じゃない!」
私は怒った。
「まあまあ。もう乾いたからいいじゃない。水に流してよ。」
「乾いたからいいとかいう問題じゃない!カビが生えるでしょ!」
最近、私の布団にカビが生えてきて、そういう話題には敏感なのだ。
「じゃあカビを消す魔法をやるよ。」
キキはそういうと、魔法を使った。
私の布団のカビもすっかり消えた。
良かった良かった。めでたしめでたし。
「どこへ行こうか、考えてたの。」
と、言った。
「そう。」
と私が言った。
「それで?」
と私が言った。
「どこへ行こうかな。」
と言った。
「南へ行けばいいんじゃない。」
と私が言った。
「どうして?」
と聞いた。
「南はあったかいじゃない。」
私は答えた。
「そうか。」
そういうわけで、私たちは四国へ行くことにした。
「ここが四国か。」
久しぶりにしゃべったと思ったら、久しく喋っていなかった。
「ここは姫路だよ。」
まだ四国じゃなかった。
「なんだ。兵庫県じゃない。」
「なんだとはなんだ。」
「だって四国じゃないじゃない。」
彼女の名前はキキだ。
魔女じゃないらしいけど。私は魔女だと思う。
「早く四国に行きたいなあ。」
キキが言った。
「なんで?」
私が聞いた。
「だってあったかいんでしょう?」
キキが答えた。同時に質問した。
「四国じゃそんなにあったかくないと思うけど。」
私は残念そうに言った。
「えっ!そうなの?」
キキは驚いたようだった。
「そうだよ。」
私はちょっとうんざりしてそうに言った。
「じゃあ何で言ってくれなかったの?」
キキは不満そうに言った。
「だって忘れてたんだもん。」
私は本当だよという風に答えた。
「ええー。忘れんぼ!」
なんだか懐かしい言葉を聞いた気がした。
「しょうがないじゃない。忘れっぽいのは産まれたてよ。」
自慢じゃないが、私は産まれたときのことを覚えていない。
「しょうがないなあ。じゃ魔法であったかくするか。」
キキはすぐ魔法に頼るのが良くない癖だ。
「そうやってすぐ魔法を使うから、魔女だなんて言われるだよ。」
私はたしなめた。
「今日は良いじゃない。特別だし。」
確かに特別だけど、特別なら使っていいという理論は理解できない。
そもそも、毎日は特別な一日だ。
「レルパラレルパラ魔法よ魔法よ、四国をあったかくしろ―!」
私は窓の外を見ていたのだが、急に辺りが明るくなったように感じた。
草原が騒いでいる。
農作業をしていたおじさんが帽子を脱いで、やっぱりまたかぶりなおした。
「あったかくなった?」
キキが聞いてくる。
「新幹線の中にいるんだから分かんないよ。」
私は答えた。
「そうか。そうだった。忘れてた。」
キキも新幹線に乗っているのにそれを忘れるなんて、忘れんぼだと思う。
「ちょっと窓開けてみようか。」
キキがとんでもないことを言い出す。
「ダメだよ!怒られるよ!」
そもそも、新幹線の窓って開かないんじゃなかっただろうか。
「大丈夫。社会の窓だから。」
それはそれで困る。
と思っていたら、本当に開けてしまった。
「ちょっ、だめだって!みんな見てるよ!」
私がそういうと、キキは閉めた。
なんだか私の方が恥ずかしい。
「もう!やめてよね!恥ずかしいから。」
「恥ずかしい?」
キキは恥ずかしいという気持ちが理解できないらしい。
といっても、私もほんとに理解しているかといわれると、怪しい。
誰かに教えてもらったわけでもないのに分かった気になっているのは、不思議だ。
「なんとも思わなかったの?」
私は聞いた。
「あっ、あったかいなぁ、って、思ったよ。」
そういえばその為に開けたんだった。
「そうかー。あったかくなってたのかー。」
それはよかった。新幹線を出る時が楽しみだ。
そう思って窓の方を見たとき、視界を何か黒いものが横切って行った。
ラグビーボールほどの楕円形の影だ。おそらく窓の外だった。
「ねえねえ、今なんか通らなかった?」
私は聞いた。
「えっ?何かって何?」
「いや、何かは分からないんだけど、これぐらいの、黒いもの。」
「ふーん。見てないなあ。」
「ラグビーボールみたいなの。」
「ふーん。」
キキも窓の方を見た。私も窓の方を見た。
ここは桜坂高校の中だった。
クラブ活動をしている男子生徒がたくさんいる。
その向こうには、赤い夕陽が見える。
「分かった!」
キキは急に立ち上がり、右手を上逃げ、人差し指を立てて、叫んだ。
「ちょっと、恥ずかしいって!」
私はキキの肩に両手を置き、無理矢理座らせた。
「で、何が分かったの?」
わたしは聞いた。
「ララが見たのは、ラグビーボールだったんだよ!!」
ララというのは、私の名前だ。別に妖精じゃない。
「なんで?」
私は聞いた。
「ほら、あれ見て。ラグビー部が練習してるでしょ。
あそこから、ラグビーボールが飛んできたんだよ!」
「でも、私が見たのは黒いものだったよ。あれは黒くないよ。」
「ほら、向こうに太陽があるから、逆光になるじゃん!だから影で黒く見えたんだよ」
「なるほど~。」
納得だ。まさか、ラグビーボールだったなんて。
キキの推理力はお粗末ではない。
「さあ、着いたみたいだね。外へ出よう。」
キキはチェックの帽子を目深にかぶり、パイプをふかしながら立ちあがった。
「またそんな雰囲気作りしてー。魔法をそういう風に使っちゃダメだって。」
私は注意した。
「何をしてるんだい、ワトスン君。置いていくよ。」
「ちょっと、待ってよ!」
こうして私たちの四国観光は始まった。
見渡す限り、田んぼ、田んぼ、畑、周りは山。
それらがみな夕日に照らされ、優しい風に吹かれている。
視界が暖かい。
どこを見ても、煌々とした光が帰ってくる。
しかし、こんな光に満ちた風景も、もうすぐ消える。
そして、冷たい、青い、夜がやってくるのだ。
私はそれが嬉しかった。
消えゆく夕暮れが、恋しかった。
「ねえ」
キキが言った。
「なあに?」
私が答えた。
「ずっと、ここにいてもいいな。」
キキが言った。
「そうね。」
私は答えた。
鳥が三角形に群れをなして、飛んで行くのが見えた。
もう人も周りにはいない。
みんな、家に帰って、夕ご飯を食べたり、楽しく話をしたりしているに違いない。
そんな何でもない家庭を想像するだけで、私はますますこの時間が愛しくなった。
きっと、この時間は永遠に続いているのだ。
去って行くのは、夕暮れじゃなく、私たちの方なのだ。
だって、私たちはずっと、旅を続けているのだから。
「さ、そろそろ行こうか。」
私は言った。
「うん、そうだね。」
キキは山の方を見つめながら、しかしはっきりと、答えた。
「ずっとここにいるわけには、いかないもんね。」
キキは私の方を振り返り、少し寂しそうに笑った。
「さあ、帰るか。」
私は言った。
「もう帰るの?」
キキは不満そうに言った。
「もう他に行くとこないでしょ。」
私は答えた。
「あるよ。」
キキは言った。
「どこよ。」
「島根だよ。」
「どこだよ。」
島根なんて地名、聞いたことはある。
「中国地方にあるの。」
「四国じゃ無いじゃん!」
「言うと思った。」
キキはうんざりした風に言った。
「そりゃ言うよ。」
私も勝とうとうんざり風に言った。
「じゃじゃんけんしようよ。」
「じゃじゃんけん?」
「じゃんけんだよ。知らないの?」
「パーがグーに勝つって言う、あの?」
「そうだよ。」
「まさか……」
「そんな伝説の遊戯みたいに言わないでよ。普通の遊びでしょ?」
「チョキはチョキとあいこらしいな……」
「そうだよ!」
「でも、これは知ってるか……?」
「なに?」
「チョキはな…グーにな……負けるんだぞ……!」
「もういいから早くやろうよ出さなきゃ負けよじゃんけんぽん!」
わたしはパーを出した。
キキはグーだった。
「わ―い勝った―。」
「負けた……」
「じゃあ帰ろうか。」
「うん。」
こうして私たちは家に帰った。
帰りはキキのほうきに乗って帰った。
一回私が落ちそうになったけど、キキが助けてくれた。
キキは落ちた。
キキは落ちなかった。やっぱり。
キキは運転が上手だった。
普通免許を持っているらしい。
もちろん箒のだ。
特殊免許を取るとデッキブラシに乗れるらしい。
「ただいまー。」
「ただいまー。」
私は帰ってくるなり、ソファに寝転んだ弟をたしなめた。
「こら!うがい手洗いをしなさい!」
「いいよ魔法でやるから―。」
魔法でどうやって手を洗うのだろうと思ったら、ソファの縫い目から水が出てきた。
キキはそれで手を洗い、うがいをし、そこらへんに吐き出した。
「こら!」
「だいじょうぶだよ。すぐ乾くから。」
「あ、そうなの。」
そのとき、私は魔法で出した特別な水だからすぐ消えるのかと思ったのだ。
ところが、一時間たっても二時間たっても消えない。
水の跡が完全に消えたのは、次の日の朝だった。
「ただの水じゃない!」
私は怒った。
「まあまあ。もう乾いたからいいじゃない。水に流してよ。」
「乾いたからいいとかいう問題じゃない!カビが生えるでしょ!」
最近、私の布団にカビが生えてきて、そういう話題には敏感なのだ。
「じゃあカビを消す魔法をやるよ。」
キキはそういうと、魔法を使った。
私の布団のカビもすっかり消えた。
良かった良かった。めでたしめでたし。
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