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昔の61

こういうのが本分だなと思い始めてきた頃です




何かが隙間から這い出てくるのが見えた。
私は手で光をふさぎ、どこまでも続く回廊の真ん中に立っていた。
酷く狭い通路の向こう側に、昔からある文化品が残っていた。
遠い遠い海の果てには、光り輝く銀の財宝があった。
三日月のフォークが机から落ちる時、心は砕けるまで光り続ける。
近づくと砕かれて、白鳥の羽は空へ舞い上がる。

頭が痛い。
さっきからずっと、取りとめのないことを考えていた。
文章になる以前の、単語の集まり。
ぐらぐらした頭で考え続ける。
なにもかも、頭に輝きを残したまま、姿だけを消していく。
意味が分からないのに、自然なままの世界がそこにあるような気がする。
「あっ、天気雲だ!」
眼鏡が砕けるのが嫌だから、私はコンタクトを付ける。
虹が弛緩したままの行動を制限する。
電通が電車に乗ってこの街までやってくる。
「ねえねえ、天気雲だって!」
妹の声が聞こえるまで、私は噴水のてっぺんで座っている。
母の声が聞こえたなら、雨は止んで、風が綿毛を飛ばすだろう。
車体を転がし、そりを引きずって東の空まで飛んで行くのだ。
「おーい、聞いてる?天気雲だって!」
「えっ、どこどこ?」
キラキラ輝く目に見えない壁が、私のすぐそばに塞ぎこむ。
蜜柑が禁固刑十年の刑務所へ入ればいいんだ。
衝動と強制労働の地下シェルターが成功のカギを握っている。
「わー、ほんとだ。天気雲ってすごいねー。」
「わたしが見つけたんだよー。」
私はぬいぐるみだ。
だからしゃべれないんだ。
見てることしかできないんだ。
いや、見てることと考えることしかできないんだ。
だから私は見てるんだ。考えるんだ。
ずっとずっと、考えてたんだ。
ずっと考えて、それで、もう何を考えてるのかも分からなくなっちゃったんだ。
それでも考えるのをやめられないんだ。
サンタが東証の株券を買うのが僕の役目なんだ。
明星の星は金柑の輝きを失うことなく、未曽有の事態に備えている。
パンドラの本は私の目の前の冷凍ミカンにデカルトの三角形を描いている。
「ねえねえ、えーちゃんにも見せてあげようよ!」
「そうね。見せてあげましょう。」
そこまで私の行動の論理に余暇を過ごす秘蔵の倉があるのか。
具象の事象は見たこともない月光の地獄に照らされたまま夜更かしをする。
陽向かいの草原に嫌な臭いはしないだろうが聞こえないものもある。
「ほらほらえーちゃん、見える?天気雲だよー。」
「もうだいぶ小さくなっちゃったね。」
死海に沈む菌の重なりがここまで眩しいから目を閉じた。
目を開けると、そこには昔懐かしい飴の香りがあった。
いや、私には匂いが分からない。
これは、光だ。色だ。そうだ、天気雲だ。
綺麗だ。本当に綺麗だ。
この世界にはまだ、私の見てないものがたくさんあるのだ。
「きれいだねー、えーちゃん。ねっ?」
「ほんとに、きれいね。えーちゃんもきっとそう言ってるわよ。」

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