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昔の152

ゲーム部に誘われた




私は何をやっているんだろう。
またいつものように学校に通い、またこの部室の前にきてしまった。
特に深い理由があるわけでもなく。
ただ、どうせ死ぬんだし、気になったことはやってみようっていう、
ただそれだけの理由。
何の役にも立たない、無意味な行為。
無意味な、無意味な。
私の人生に意味の有ることなんてあっただろうか。
結局私の元には何も残らなかった。

「あ、こんにちは。」
部室に入った私を真っ先に出迎えたのは、
巨大な望遠鏡ではなく月泉さんだった。
彼女はまるで待ち伏せしていたかのように、扉の真正面に立っていた。
「こんにちは」
とりあえず私も挨拶をする。
「部長はちょっと遅れるらしいです。先に始めていましょう。」
そう言って月泉さんは奥の席に座る。
これまでの彼女に比べて妙に落ち着いているのは部長がいないせいだろうか。
私もその隣の席に座る。
パソコン室にあるのと同じ、車輪のついたふかふかの椅子だ。
そして私達の前にはそれぞれのパソコンがある。
「そっちの電源ももう入ってますけど、今は私のパソコンを見てください。
 部長が作ったゲームがこっちに入ってるんです。」
彼女がフォルダをいくつか開いていく様子を私はぼんやり見ていた。
ここには二人しかいないんだなと思いながら。
閉めきった窓を見た。
あそこから飛び降りれば、すぐにでも死ねるはずだ。
だけど今はそんな気は起こらなかった。
そうなれば彼女はきっと困ってしまうだろうから。
「ありました。これです。」
そう言うと、彼女は立って私に席を譲った。
「どうぞやってみてください。」
私はなるべくしんどくなさそうに席を移った。
本当は何の興味も湧かなかったのだけど。
高校生が一人で作ったゲームなんて高が知れている。
「ここを2回押すと始まりますから」
パソコン初心者に教えるようなことを言う。
私はゲームを起動させた。

それはおよそ私の理解を超えた代物だった。
見知らぬ山奥の風景から始まり、
キーを押すたびに幾何学模様のエフェクトが画面を飛び交う。
画面がエフェクトで覆い尽くされると突然不協和音が鳴り響き、
画像の壊れたシューティングゲームのようなものが始まる。
だがそれも到底ゲームとは呼べないもので、
まず自機と敵機の区別がつかない。
どうやら特定のキーを押すと操作対象が変わるらしい。
マウスでも赤いまんじゅうのようなものを操作でき、
クリックしている間は三角の弾を進行方向に吐き出す。
その弾も自機と敵機の区別が無いようで、全く同じものを吐き出す敵もいる。
弾に当たっても死んだりせず、というか何もしても死なずに、
画面のあらゆる場所にある謎の数値のうちの一つが上がる。
背景はサイケデリックな空の画像で、オブジェクトも含めて全体的に赤い。
おじいさんっぽいものをずっと撃っていたら次の場面に飛び、
今度は海の中を泳ぐアクションゲームのようなものが始まった。
それもやっぱりまともではない。
全方位に進めてどこへ行けばいいのか分からない。
画面内に溢れる謎のカラフルな記号。
落ち着いたクラシックと激しいロックが前触れ無く入れ替わるBGM。
全ボタンに固有のアクションが用意されている無駄に凝った仕様。
だがその全ての使いみちが尽く分からない。
目の多いカエルがあちこちから襲ってくる。
カエルを眠らせるとワープしたと思ったらまた海の中。
ときどき画面上を流れる英文のテロップ。
こんな感じのゲームもどきが延々と続く。
ある時はパズルゲームのようで、ある時はRPGのようで、
ある時はノベルゲームのようで、ある時はなんとも形容しがたく、
しかしその全てにおいて、キーボードの全キーとマウスが何らかの役割を
持っているという点だけは共通しており、なにやら執念めいたものを感じた。
面白くはない。
面白くはないけど、つまらないとは断言できない。
全く私の理解を超えていたからだ。
この作品に対する適切な評価を私は下せる自信がない。
これは一体何だろう。

「どうですか?」
しばらく経って月泉さんが声を掛けてきた。
隣りに座ってなんだか嬉しそうだ。
足をぴょこぴょこさせて私の膝を蹴りそうだ。
「よくわからない」
私は正直に答えた。
「ですよね。私にもよく分かりません。
 でも私はこのゲームが大好きなんです」
そして彼女は姿勢を正し、自分の前にあるパソコンを見つめて話し始めた。

「私の話を少しさせていただきます。
 私の父は月泉製薬の社長、母はその秘書でした。
 私の家庭は裕福で、不自由のない暮らしを送ってきました。
 両親も私をとても愛してくれました。
 高校に上がるまで両親と一緒に寝ていたり、出かける時もいつも一緒だったり、
 過保護すぎる面もありましたけど、私はそんな両親が今でも大好きです。
 ただ、両親は私が立派な人間になるようにと強く願っていましたので、
 ゲームとか漫画とか、そういう今時の娯楽には触れさせてもらえませんでした。
 だから今年の4月にこの高校に入学して、電芸部という見知らぬ部に惹かれたのです。
 見学に来た時、部室にいたのは部長だけでした。
 部長はその時の電芸部の状況を話してくれました。
 部員がまだ2人しかおらず、正式に部とは認められていないこと。
 だれか後一人入ってくれれば部として認められること。
 これまでも何人か見学に来たが、作ったゲームを見せると
 なぜかみんなすぐに帰ってしまうこと。
 私はそのゲームを遊ばせていただきました。
 それが私の、生涯で初めてのゲームプレイでした。
 私は驚きました。
 ボタンを一つ押すだけで、想像もしないことが起こるこの世界に。
 無秩序の中に確かに私が存在するこの世界に。
 何もかもが無限で刹那的なこの世界に。
 私はそれから毎日この部室に通って、ずっとこのゲームを遊んでいました。
 部長はUSBに入れてあげると言ってくれましたけど、家では遊べなかったので。
 放課後から下校時刻まで、毎日ずっとやっていて、
 それでもなにがなんだかさっぱり分かりませんでしたけど、
 でも私は楽しかったんです。
 部長さんは何も言わずに毎日パソコンを貸してくれました。
 そしてときどきじっと私が遊んでいるところを見ていました。
 私は何か感想を言わなくちゃと思ってたびたび無理にでも褒めようとしたんですけど
 部長さんはそういう時はうるさそうにするのですぐ止めました。
 ただ帰る時は必ず楽しかったですって言って帰りました。
 そうすると部長さんも嬉しそうにまた来なよって言ってくれるんです。
 そういう日が2週間ほど続いて、私はようやくこのゲームをクリアしました。
 私は素晴らしい作品でしたと部長さんに伝えました。
 初めて会ってから、まだほとんど話もしていませんでしたが、
 部長さんとはもうすっかり馴染んだような気がしたんです。
 部長さんは、このゲームの成り立ちを教えてくれました。
 去年の学園祭で見つけた文芸誌に載っていた小説に感銘を受けて、
 その奇々怪々な抽象構造をなんとか具体的に再現しようとしたのがこのゲーム
 なんだとか。
 その小説の作者が五味先輩です。
 どうしても電芸部には五味先輩の才能が必要だと考えた部長は、
 冬休みの間に完成させたこのゲームを持って、文芸部を訪ねたそうです。
 ですが部にあまり顔を出さない五味先輩にはなかなか会えず、
 直接クラスを訪ねに行った所……」
「あーーーーっ!!!何遊ばせてるんだーっ!」
櫻武さんが叫んでやってきた。
「ダメだよこんなの遊ばせたら!空間君にはゲームの面白さを思い出してもらうんだ
 っていっただろう!?」
「面白いですってばさくら部長!こんな面白いもの他にないですよっ!」
「面白く無いよこれは!あーもうせっかくすごいの作ってきたのに!
 ほら見たまえ!空間君はもう帰っちゃうぞ!」
「かっ、帰りませんよ!ねっ!帰らないよねっ?」
「帰ります」
「え、えっ、ええ、なんで?」
「ほら私の勝ちだな」
「張り合ってる場合じゃないですっ!ねぇなんでですか?話長かったかなっ!」
「長かったです。
 このゲームが入ってるUSBをください。
 家でやります。」
私は席を立った。



今日もまた死ねなかった。
死ぬのはもう少し先になるかもしれない。

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