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昔の137

桜と話す




春になると私は毎日桜を見に行きます。
それぐらいしかすることがないからです。
今日の桜は八分咲といったところでした。
じっくり花を見つめて、幹をなでて、
風に揺れる枝の音を聞いて、春の空気をそっと吸いこんで、
それから静かに幹にもたれて座り込みます。
そして少しお話をするのです。
声に出すわけではありませんが、心の中で話しかけます。
桜が答えてくれるわけはありませんが、それでいいのです。

「今日は昨日よりも暖かいね」
「朝はパンとチーズを食べたの」
「今日の夕御飯は何かなあ」
「折り紙の本を買ってもらったの」
「桜の花も折れるようになるからね」
「明日見せてあげる」
「あーこんなとこに蟻の巣がある」
「いつもの猫いないなあ」
「わっ面白い石だよこれ」
「いい天気だねー……」

がやがやという喧騒で目を覚ましました。
公園の時計を見るともうお昼をまわっていました。
近所の子達が遊びに来る時間です。

「それじゃ、また明日来るからね」

私は逃げるように家へ帰りました。

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