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昔の113

透明なまま




もうテストは終わった。
ペンを投げ、服を脱ぎ捨て、息を吸い込む。
涼しい風が途切れることなく流れている。
小さい頃はいつもこんな風の中にいた事を思い出す。
部屋の隅は凍りつき、床下からは川の流れる音が聞こえる。
斜めに差し込む陽の光が部屋を形作る。
床に寝転がり、天井と一緒に考える。
私はただここにいるだけだ。
ずっとそうだった気がする。


「直感を捨てた人間は弱い」というのが彼の持論だった。
「理屈なんてのは所詮後付にすぎないのさ。
まず最初にあるのは直感だ。本能と言ってもいいかな。
でも君等はそれを軽視するだろ。理系の弱さはそこにあるんだよ」
そういう彼は文系というわけでもない。
「字を読むのは苦手なんだ」
要するにただの馬鹿なのだ。

俺達は久々に故郷へ帰ってきていた。
10年前の約束を果たすためだ。
彼は普段とは別人のように興奮していた。
「なああいつはどんな奴になってるかな。きっと凄い奴になってるぜ」
「そうかな。普通にOLとかやってそうだけど。」
「んなわけねーだろう。そんな器じゃねえよあいつは」
ほとんどスキップのように大げさに歩く彼の後を俺はついていった。
古ぼけた住宅街を抜け、田畑の間を通り、道は林に入っていった。
俺は少し不安になってきて尋ねる。
「なあ、道間違ってないか?こんなとこに家があるのかよ」
「方向音痴のお前に言われたかねーよなあ。
ちゃんと地図見ながら歩いてんだから大丈夫だよ。
あいつはまともじゃないからな、むしろしっくりくるじゃないか」
彼は彼女の異常性に全幅の信頼を寄せているらしい。
俺にはそれが全く理解できなかった。
俺の中の彼女は、大人しくて真面目な普通の子供だ。
あまり自己主張しない、かといって卑屈な態度をとるわけでも無かった。
はっきりいって印象らしい印象がほとんど残っていないのだ。

「自分らしい、っていうのは、他の人と違う、っていう意味じゃないんだよ」
いつかの昼休みに彼が言っていた言葉だ。
「自分で考えて選んでやったことなら、それがどんなにありきたりな選択だろうと、
自分らしいってことになるんだよ。当たり前のことだけど、でもそれをわかってない
連中が多くてね、奇抜なことをやればそれが個性なんだと勘違いしてる」
そう言う彼の目は彼女を見ていたようだった。

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