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昔の79

あの子は飛んでいった




色とりどりの小さな星屑が、キラキラと輝きながら流れていく。
いや、これは石英だ。水晶の破片だ。
光の反射によって、透明な水晶に鮮やかな色がつく。
ガラスの水を掬って、宙へ放り投げる。
あたり一面煌めいて、まるで星空が地上へ降りてきたみたいだ。
私の肩や腕に、水晶が降り積もる。
星がどんどん降ってくる。
私がくるくる回れば、空は大きな万華鏡になる。
ぐるぐるきらきらしているうちに、私はどこにいるのか分からなくなってくる。
そしてとうとう体は宙に浮かび上がり、本当の星空へ飛んでいった。



「昔はみんな飛べたんだよ」

「わたしだって飛べたんだ。
 キミだって、飛べたんだ……」

「飛べたんだ……」

誰も座っていない椅子を見ながら、彼女は言った。
この机と椅子は、今もあの時のまま。
先生が片付けようと言って、クラスのみんなが賛成しても、彼女だけは反対した。
彼女の鬼気迫る説得に先生は折れて、それを残すことを許した。

私は正直、早く片付けて欲しかった。
もうあんなことは忘れてしまいたかった。
この机と椅子を見る度、私は惨めな気持ちになった。
ずっと誰かに責められているような気がした。

『いつからだろうか』

「さあ、ずっと前だね……わたしは
 もう覚えてないよ」

『でも私は』

『私は飛べなくてもいいんだ
 だってもうみんな飛べないんだから
 どうせもうみんな飛べないんだから
 もうそんなこと考えたくないんだ』

やっと言えた。私は満足だった。それなのに
彼女はひどく悲しげな顔をした。
それからじっと私の顔を見て、泣きそうな声で言った。

「本当はまだ飛べるんだ……
 ただみんな、飛び方を忘れてるだけなんだ……」

『飛べやしないさ』

私は手錠だらけの腕を突き出す。

『見ろ、私の体はこんなに重い』

私は彼女に背を向ける。

『私の翼はもう見えない』

『こんなの、飛べるわけがない。
 あの子は特別だったんだよ。
 誰もがみんな、あの子のようにできるわけじゃないんだ。
 だからもう、私を惑わさないでくれ。
 私はもう諦めてるし、それでいいんだ。
 地上で一生過ごすのも悪くない。それに、
 ほとんどの人はみんなそうなんだ。
 みんな諦めて、ここで楽しく過ごそうと頑張ってるんだ。
 だからもう、あの子の話はしないでくれ。』

「……」


『……』


「……でも」


「あの椅子を見る時のあなたの顔は、哀しそう」

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