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昔の151

デカルトとはあまり関係のない話




「私達はただ、信じてるだけだよ」
一筋の淀みもない肌を見せつけられながらそんなことを言われた。
薄暗いビルの欠けた上半分から光が差す。
「それはきっと間違ってるって知ってるよ
 知ってるけど、私達にはそうするしかないんだよ。」
何の話をしていただろう。
俺はすっかり彼女の造型に見惚れていた。
信じるしかない。
それはそうだろう。
この世に確かなことなんて、あまりに少ない。
「大事なのは、私達が本気で信じられるかどうか」
一点の曇りもなく。
何の疑念も持たずに心から信じ切れるもの。
そんなものがあるだろうか。
ある、と彼女は言っている。
「疑うってことは、別の何かを信じるってことだから
 君だっていつも、何かを信じているんだよ。
 私たちにできるのは、信じることだけなんだから」
陽の光を反射して彼女は白く滑らかに輝く。
その姿の前に俺は立っていた。


彼女と別れたのはいつだったか、記憶が無い。
鬱蒼とした森を抜けて、林の中の廃道をつたい歩き、
閑散としただだっ広い町に着いた時には彼女はいなかった。
ただ彼女の言葉はずっと反響していた。
彼女の思想が俺の目の前にべったりとまとわりついていた。
俺は彼女と一緒にいるつもりだったのだ。


あてもなく歩きながら俺は道端に転がっていたサッカーボールを蹴った。
サッカーボールを蹴った。これは確かなことだ。
そして、俺は彼女と話していた。
これも確かなことだ。
彼女の言っていたことは正しい。
これは確かじゃない。だから、俺が信じていることだ。
俺は彼女が嫌いじゃない。
これはどうだろう。
確かだと言えばこれ以上確かなこともないように思える。
だが信じているだけだと言われればそうかもしれない。
確かなことと信じていることの差は一体何だろう。


遥か遠くに霞むあの山が、彼女と話した場所だったはずだ。

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