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昔の6

チラシを切ってホッチキスで止めて小さい本にするのが好きでした。




近くのスーパーへ買い物に行った帰りのことだ。
寂れた公園のブランコに一人で座っている人がいた。
その人は私を見つけると助けを求めるように手を伸ばしてきた。
私はなんだか嫌な予感がして、無視して帰ってきた。
帰ってくると、キノはいなかった。
キノはよく散歩に出かけるのだ。

しばらくして、ばたばたとキノが帰ってきた。
「おかえり。」
「あっ、ただいまー」
キノは忙しそうに寝室へ行き、ズボンを持ってまた出て行ってしまった。

「なんなんだ・・・」

それからしばらくして、キノが嬉しそうに帰ってきた。
「ただいまー!」
「おかえり。何かあったの?」
「あ、分かるー?」

分かるにきまってるでしょうが。

「それがさ、ペンキ塗りたてのブランコに座っちゃって離れられないっていう馬鹿みたいな人がいてさぁ、可哀そうだから代わりのズボンを持って行ってあげたら、お礼にこんなものもらっちゃった。」
そう言ってキノは小さな本を取りだした。
「なんでもその人が作った、世界に一冊しかない本らしいよ?今から読むから、読み終わったらアスカにも見せてあげるねー。」
そう言うと、キノはソファに寝転んで本を読み始めた。



その日の夕食は私が作ることになった。というより、私が作ることにした。
キノがあまりに熱心に本を読んでいるので、それを邪魔させたく無かったからだ。
私が夕食を作ると言うと、キノはとても喜んだ。私がご飯を作るなんて、滅多にないことだ。
出来上がったのはごく普通のみそ汁と野菜炒めで、味もキノが作ったのには到底及ばないものだったけど、キノはおいしいおいしいと言って食べてくれた。

その日は食器洗いもお風呂掃除も洗濯も全部私がやった。
キノはさすがに悪いと言って手伝おうとしたけど、私が今日は家事がしたい気分なんだと言うと、納得したんだかしてないんだかわからないような顔で笑い、それじゃ頼むわと一言言ってまた本を読み始めた。



キノが本を読み終わったのは、深夜の日付が変わってしばらくした頃だった。

「いやー、すっごい良かったよ、この本。カンドーしちゃった。明日アスカも読んでみてよ。いや、読みなさい。明日の家事は全部私がやったげるから。」
「バカにしないでよ。それぐらいの本、すぐ読めるっての。あんたじゃないんだから」
「あっ、言ったなー!気が変わった!やっぱり買い物と洗濯はアスカがやってね!じゃ、おやすみー。」
「おやすみ。」



それからすぐに本を読み始めたが、読み終わる頃には日が昇っていた。
なんとも不思議な物語だった。



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