スキップしてメイン コンテンツに移動

昔の133

セカイ系かな




彼女は世界一幸運な少女で
ただそれだけのありふれた子



けだるい月曜の朝。
何度寝かも分からないまどろみの中で手を伸ばした。
引き寄せてきた時計はもう11時半を指していた。
今頃学校の子は四時間目の授業中だ。
今日は月曜だから体育の時間。
寒いのに外で大変だろうな。
私はまた小さく丸まった。

お母さんもお父さんも
姉妹も兄弟もおばあちゃんもおじいちゃんも
誰も居ない家の中で眠り続ける。
本当は眠ってなんていないんだけど、
目を閉じていないと心が押し潰されてしまいそうで、
眠ったふりを続けている。
私は独りぼっちで、
これからもずっと独りぼっちで、
でもそんな現実には耐えられなくて。


それからどれくらい経っただろう。
私は布団の中からじっと窓を見つめていた。
透明なガラスの先にのっぺりとした空があった。
空はいつも変わっていくから、
同じ空は二度と無いから、
今私がこの空を見ているのは奇跡なんだと思った。

普段ならもうお腹が空いてたまらない頃だろう。
でも今は全然そんなことも感じなかった。
死ぬまでこうして布団の中にいられる気がした。
微睡みが白い壁と混ざっていった。


インターホンの音で目を覚ました。
一瞬、みんなが帰ってきたのかと思ったけど、
家族がインターホンなんか鳴らすはず無いとすぐ気付いた。
鍵は開いている。
みんながいなくなったあの日からずっと。

5日前の話だ。
いつものように学校から帰ってきても、家に誰もいなかった。
靴は無くなっていたので出掛けているんだと思った。
でも夜になっても誰も帰ってこなかった。
何の連絡もなく夜が明けた。
警察に通報すべきかと思った。
貴重品の類は家に残っていたので夜逃げではないはずだった。
何か事件に巻き込まれたのかも知れなかった。
でも私はなんとなくためらってしまった。
警察に言ったらもう家族は帰ってこない気がした。
その日から私は家に篭ってみんなの帰りを待ち続けていた。

いや、もう最近は待ってるわけじゃない。
私はただ動けないだけだ。
何もかも知らない、全く別の世界に飛ばされたようで、
どうしていいか分からない。
ただただ震えるばかりだった。

希望なんてこの現実に残ってはいなかった。
これから先を生きていける自信なんて無かった。
だから、もういっそのこと

「こんにちはー!誰か居ませんかー!?」

聞こえてきたのはよく知った声だった。
私は目を見開いてベッドから身体を上げた。
たった1週間足らずのあいだ聞いてなかっただけなんだけど、
なんだか随分懐かしい声だった。

「誰かー!居ませんかー!?居たら返事してくださーい!」

私は咄嗟に手元にあった時計を投げつけた。
ガラン、ガランと音を立てて床を転がっていく時計。
それを見送りもせず、私は部屋を出た。

「あっ、誰か居るんですか!?やったー!良かった―!」

何を喜んでいるのか分からないけど、なんとなく私も嬉しかった。
階段を降りて玄関に見えたのは、やっぱり不思議と懐かしい
クラスメートの顔だった。
彼女は頬を紅くして喜んで言った。

「陽花ちゃん!!生きてたんだぁー良かったぁ~
 ほんとに良かった…」
「えっと…あ…うん…」

もともと私は話すのが得意じゃない。
しかしその上私は完全に面食らっていた。
まともな言葉を紡げなかったのも無理のないことだろう。

彼女は加藤玲愛さん。
さっき言った通り私のクラスメートだ。
とは言ってもそんなに仲が良かったわけではなく、
もちろん悪かったわけでもなかった。
まともに話したことも殆どないくらいだった。
これは特に接点が無かったせいでもあるけど、
私が意図的に彼女を避けていたせいでもあった。

だから、彼女が私を見てこんなに喜んでくれたことは
意外と言うしかなかった。
彼女は私のことなんてまるで気にしてないと思っていたのだ。

「うんと…どうしたの?」
「どうしたの!!?さっすが陽花ちゃん!頼りになるなぁ~
 わたしなんかもう不安で死んじゃいそうだったよー
 だーれもいないんだもん~」
「誰も居ない…?」

学校に行ってなかった私を心配して来てくれたのかと思ったけど、
どうやら事情が違うらしい。

「私外に出てなかったから何も知らないんだけど、
 何かあったの?」
「えっ!?知らないのぉっ!!?みんな消えちゃったんだよ!!」
「みんなって…」
「わたしと陽花ちゃん以外みんなだよ!!誰も居ないんだよ!!」
「うそ……」

私は玄関から外を見た。
確かに人影は見当たらない。

「どういうこと…」
「わかんないけど、金曜の朝から誰もいなくなってて…
 テレビも映らないし、電話も繋がらないし、
 インターネットも使えないの。
 だからこうやって街中の家を一軒一軒回ってたんだよ。
 もぅ、やっと人に会えたよぉ~」

玲愛さんはふらふらと家の中に入ってきて、
上がり框にぺたりと座りこんだ。

その時、私の頭には嫌な筋書きが浮かんでいた。
認めたくはない、信じたくはない、
けれど振り払ってしまうにはあまりに重い説得力のある話。
この一連の騒動の元凶は、玲愛さんなのではないか。


彼女は学校一の人気者だった。
誰もが皆、彼女を褒め、彼女を労り、彼女に尽くした。
彼女は人間離れした美しさを持ち、誰に対しても笑顔だった。
嫌われるはずのない子で、実際私も彼女に好意を持っていた。
しかし、彼女がここまで人気者であるのには、そして私が
彼女を避けていたのには、また別の事情があった。

彼女は恐ろしく運の良い子だったのだ。
宝くじを買えば必ず当たり、
試験は勉強してなくても必ず受かる。
生まれてこの方病気になったことがないどころか、
傷ひとつ受けたことがないらしい。
そんなに甘やかされて育ったなら性格も歪みそうなものだけど、
そうはならないのが運の良さなのか、何なのか。
とにかく大変羨ましい子なのだった。

そんなわけでみんなはその幸運にあやかろうとして、
彼女にあれこれ取り入ろうとしたのだ。
もし彼女の気に障るようなことでもすれば恐ろしい目に遭うかも
知れないという思いもあっただろう。
それぐらいの凄みを感じさせる強運だった。

私はといえば、そんな彼女が単純に怖くて近寄れなかった。
彼女を見ていると私の現実が揺らいできてしまうようだった。
ただでさえ心細い学校生活で、そんな得体の知れないものに
近寄る勇気は無かった。


こんな馬鹿げた超常現象を起こせそうな人は、私の知る限り
彼女しかいなかった。
そして物理的に、もうこの世界には私と彼女しかいないのだ。
彼女が黒幕、とまでは言わないけど、少なくとも今回の事件の
原因の一端を担っている可能性は限りなく高く思われた。

疑問なのは、なぜ私が残ったのだろうということだった。
私と彼女の間に繋がりなんて何も無かったし、
私は特別運が良いわけでもなかった。
となると、おそらくは誰でも良かったのだろう。
誰でもいいから一人、仲間(奴隷?)が欲しかったというところか。

そんなことを考えながら黙ってしまった私を見て、
玲愛さんは妖しく笑いながらこう言った。

「あ~~、 陽花ちゃん、さては気付いちゃったな?」

私はビクッと体を震わせつつも平静を装った。

「え?なんのこと?」
「隠しても無駄だよ~。わたしにはぜーんぶお見通しなんだから」

背筋が凍って、体が動かなくなった。
彼女がこう言った以上それはもう信じるしかなかった。
だって彼女は世界一運の良い子なんだから。
人の心が読めると思えば、それでもう読めてしまうのだ。
これまでの学校生活でも私の心は見透かされていたのだろう。
あまりの恐ろしさに私は今すぐ逃げ出したくなった。

しかし、いたずらっぽく笑う玲愛さんの口から出たのは
意外な言葉だった。

「今ならお菓子食べ放題だと思ったんでしょ~!
 悪い子だなぁ」
「お菓子…?」
「当たりでしょ!陽花ちゃんお菓子好きそうだもん」
「えっと、あ、うんそうそう……お菓子ね」

どういう意味だろう、と思いつつ調子を合わせておいた。
本当は心なんて読めないんだろうか。
それとも何かの作戦か?

「わたしもお菓子好きなんだぁ~。思いっきり甘いのが好き!
 でもあんまり食べると親が怒るんだよね~。太るぞって。
 食べた分だけ運動すればいい話なのにね。」
「それが出来れば苦労しないよ……
 玲愛さんは何か運動してるの?」
「毎朝走ってるよ!」
「へぇ、そうなんだ」

少し意外だった。
玲愛さんならいくら食べても太らないのかと思っていた。

「でも、今ならうるさい親もいないしさ、好きなだけお菓子
 食べられるよ! あ~幸せだ~」
「なんか随分のんきだね……さっきはもっと焦ってなかった?」
「うん、さっきまでは不安で不安でしょうがなかったんだけど、
 陽花ちゃんに会ったらなんだか安心しちゃった」
「私に?なんで……」
「なんでだろうね?陽花ちゃんってすっごく頼りになりそうだから
 かなぁ。いつも落ち着いててさ」
「そう…」

まあ嘘だろう。でなければ勘違いだ。
私に比べればつぶやきシローの方がよほど頼りになる。
なんせ私は虫も殺せないくらいの小心者だ。
誤解であればすぐに解けるだろう。

「それにさ………それに」

玲愛さんの目が真っ直ぐに私を捉えた。
笑顔ではあるもののこれまでの明るい表情は影を潜め、
その気配は憂いというより悲壮に近かった。

「みんなわたしの力を怖がってわたしに良くしてくれたけどさ、
 誰も私のこと普通の女の子として扱ってはくれなかったよ。
 陽花ちゃんだけだったんだ……
 わたしに普通に接してくれたの。」


ああ、
そうだったんだ。

私の中で全てが繋がった。

だから私が選ばれたんだ。

だけどそれもやっぱり誤解だ。

私はただ誰よりも彼女を怖がっていただけだ。

コメント