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昔の57

陸の孤島に住む人




「陸の孤島」と呼ばれた、大きな丘がありました。
周りは少し低い丘に囲まれ、その周りには深く暗い森が広がっていました。
その真ん中の、一番景色がいい場所に、小さな家が建っていました。
これは、そこに住む人達の、物語です。


何人も、何人も。
現われては消えていった。
やってきては去って行った。
みんな、来る時は楽しそうにしているのだ。
そして、しばらくこの家を賑わせていくのだ。
俺も最初は来客を喜んだ。
なにせ、ここに住んでいると俺以外の人間というものをさっぱり見ない。
俺がこの世界で唯一の人間なのかと錯覚しそうになる程だ。
だから、そうではないと教えてくれる彼らは有難かった。
彼らのおかげで俺は今まで人間でいられたのかもしれない。
でも、みんないつの間にかいなくなってしまった。
そしてまた新しい客が来る。
そしてまたいなくなる。
最後まで、彼らは楽しそうなのだ。
だから、困るんだ。
怒って出て行ってくれればいいのに。
愛想を尽かしていなくなってくれればいいのに。
いつ消えてしまうのか、俺にはいつも分からないんだ。
朝起きて、ドアを開けて、まだあいつがいるか、確かめるのが、怖いんだ。


「あー!もう、そんなに頭かきむしっちゃだめですよ!」
俺の腕をつかむ。
「うるさいな、俺の勝手だろ。」
俺は手を振り払い、腕を組む。
「そんなこと無いです。あなたは私の知り合いなんですから。」
「知り合いって……」
俺は立ち上がり、背を向ける。
「もう出てってくれないか。俺は誰とも会いたくないんだ。」
「えーっ!どうしてですか!
 ……私といるのが、楽しくないですか?」
その時、彼女がどんな表情をしていたのか、俺には分からない。
「楽しくない。
 言ったろ、俺は誰とも会いたくないし、話もしたくない。」
「……。」
俺は振り返らずに、暖炉の火が消えた部屋を出た。
ドアを閉める瞬間、微かな音が、確かに聞こえた。
それは狭く苦しい通路から僅かにひねり出された、声になる以前の何かだった。


これで良かったのだ。
明日になれば、彼女はこの家からいなくなっているだろう。
それでいい。どうせみんな、いつか消えてしまうのだ。
俺はもう、誰とも話さない。
誰とも遊ばないし、誰とも一緒に料理しないし、誰とも寝ない。
本当は、これまでもそうじゃなかったのだろうかと思えてくる。
俺は誰と何を話したのか、一つも覚えていなかった。
誰と何をして遊んだだろう。
誰と何を作っただろう。
……そもそも、誰がこの家に来たのだろう。
…………
その時、俺は、彼女の名前をまだ聞いてなかったことを思い出した。

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