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昔の130

水の上を歩く少女とサメ




彼女は歩き続ける。
それが無為に終わるだろうと知りつつ、
歩き続ける。
それは彼女にとって何ら苦痛なことではなかった。
彼女にはそれが耐え難かった。


どこまでも続く海の上を歩いていた。
何かぬるっとしたものを踏みつけた気がして足元を見た。
そこには凶暴そうなサメの頭があった。
「痛いな、俺の頭を踏みやがったな。ちくしょう。
 その小さな足を噛み砕いてやろうか」
彼女はぱあっと笑いました。
ほんとうに嬉しかったので、サメの鼻に顔を近づけて、
目を大きく開いて言いました。
「うん、噛んで噛んで!いっぱい噛んで!」
そして真っ白にかがやく華奢な足をサメの目の前に伸ばしました。
「なんだ。頭がおかしいのか。
 そういえば海の上を歩いてるなんてのもおかしな奴だな。
 まあいいさ。ちょうどお腹も空いてたんだ」
そう言ってサメは思い切り彼女の足に噛み付きました。
「ひゃっ!」
彼女は目を輝かせて自分の足を見ていました。
しかし、すぐに彼女の顔はみるみる曇っていきました。
サメも自分の口の中の異変に気付いたようでした。
「な、なんだこれは」
彼女の足に触れた瞬間、サメの歯はすっかり抜けてしまったのでした。
彼女は残念そうに呟きました。
「サメさんごめんね。いま戻してあげるから」
ぬるぬるしたサメの口から足を抜き、彼女は小さく腕を振りました。
気付けばサメの歯は全部元通りになっているのでした。

張り詰めたような太陽が海をいっぱいに照らしていました。
彼女は水面に腰掛け、つまらなさそうに足で海水をかき混ぜていました。
「それじゃお前はなんでもできるっていうのか」
サメは彼女をまじまじと見つめながら言いました。
「うんそうだよ」
彼女はうつむいて答えました。
「そうか。普通じゃないとは思ったが、お前は神様だったのか」
「ううん違うよ」
彼女はちょっと笑って水面を蹴りました。
「わたしはなんでもできるだけ。昔、神様を助けたことがあって、
 そのお礼にって」
「神様を助けるって……神様はなんでもできるんじゃないのか?」
「うん……まあほんとはできないことも少しはあるよ。私もね」
「何なんだ?」
「それは秘密」

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