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昔の64

矢と老人




灰色の街を鬱屈とした雲が覆う。
ある人は空を見上げ、ある人はビルの中に隠れ、ある人は鋼鉄の傘を差す。
やがて空から降ってきたのは、雨でも雪でも雹でもなく、無数の矢だった。

今にも崩れそうなコンクリートの壁。
窓は割れ、入り口のドアは傷だらけだ。
廃墟と言って差し支えないような小屋の中で、一人の老人がパソコンに向かっている。
その傍らには、ずいぶん古い型のテレビが置かれている。
テレビの上では、灰色のタカのような鳥が、羽を休めている。
強い風が吹き、窓の割れ目から矢が何本も入ってくる。
老人はそれに目もくれず、キーボードを叩き続けていた。
テレビから、ニュースが流れ込んでくる。

――この異常気象の原因は、未知の種類の鳥でした。
この鳥が、上空から、矢をまるで雨のように降らせているのです。
我々はこの鳥を――

老人が鳥の名前を呼んだ。
暗い部屋の中で闇の一部になっていたその鳥は、羽を広げ、老人の元へ飛んでいった。
鳥を肩に乗せると、老人は立ち上がり、ゆっくりとドアの方へ歩いて行った。
ぐらついたドアノブを握る。
老人はそうしたまま、しばらく下を向いて立っていた。
しかし意を決したようにノブを握りなおすと、ドアを開け、矢の降る街へ歩きだして行った。
どういうわけか老人の周りだけは、台風の目のように、矢が降ってこなかった。


その日を境に、異常気象はピタリとやんだ。
人々は鉄の傘を捨て、もとのビニール傘を使うようになった。
川にたまった矢も、雨に流され、街から消えて行った。
もう誰も、矢を降らせる鳥の名前なんて忘れてしまった。
それでも、突然雨が降ってきて慌てて建物の中へ逃げ込む時、そういえば昔変な事があったなと
かすかに思い出す人もいるのだった。

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