スキップしてメイン コンテンツに移動

昔の68

漠然とした不安が形をなす




「こんなことをしている場合じゃないでしょ?」

そう、そうなのだ。
私はこれから、黄色い果実を集めに山へ行かなければならない。
しかし、どうも行く気になれないのだ。

「早くいかないと日が沈んじゃうよ?
 それとも、もう今日は行かない気?」

弟が急かしてくる。

「行くよ。もう一回作ったらね。」
「さっきからずっとそう言ってるじゃん!」
「うるさいなあ。ほんとにこれ作ったら行くから。」

そう言って私はまたスコップを持つ。

「もうお姉ちゃんなんか知らない!」

弟はどこかへ走って行ってしまった。
私はもう一度砂のお城を作っていたのだけど、半分くらい作って止めた。
そして、山へ行くことにした。
黄色い実をいっぱい集めて帰った。
弟は見つからなかった。
私は一人で食べて寝た。
弟は帰ってこなかった。

それから十年後、街は大きくなり、山は消えた。
私は糸をつむいで服を作る仕事をしていた。
日曜には街へ出て、服を売りに行く。
出店がたくさん立ち並ぶ中、一人迷子の子供がいた。

「坊や、どうしたの?お母さんとはぐれちゃったの?」

振り向いた子供の顔を見て驚いた。
その子は十年前、いなくなった弟にそっくりだった。

「こら!はぐれちゃだめでしょ!」

お母さんらしい人が来て、その子を連れていった。
リンゴがコロコロと転がってきて、私の足元で止まった。
私はリンゴを拾い上げた。

「いや、すいません。」

男の人が来て、リンゴを持っていった。
服は売れなかった。
大量生産の安い服があるのに、わざわざ高い手作りの服を買う人はあまりいない。
この一カ月で売れた服は、たった三着だけだった。

それからさらに十年たって、私はもうとっくに死んでしまっていた。
私が住んでいた家は取り壊され、代わりに無人原子力発電所が建った。
街に住んでいた人たちは、みんなどこかへ行ってしまった。

「お姉ちゃん、ほら見て、こんなにいっぱい取ってきたんだよ。」

弟が帰ってくるはずの家も、黄色い木の実も、一緒に遊んだ公園も、もうどこにもない。

コメント